女子生徒もズボン着用ですって

12月 13th, 2012

イギリスのある学校では、女子生徒のスカート着用禁止という校則が発表されたとのことです。女子生徒は、スカートの変わりに男子生徒同様にズボンを着用しなくてはならず、しかもズボンはボディラインが分からないタイトなものでなければいけないとのことです。

目的は生徒が性的な表現を出させないためとのことですが、束縛が強すぎるとのことで、女子生徒のみんらず女子生徒の両親までも不満を漏らしている人がいるとのことです。

学校の風紀や生徒達の健全な交流を考えれば悪くない校則にも思えますが、一方的に縛り付けるというのは、生徒に対する信頼を持っていないようにも見受けられてしまいます。やはりやりすぎなのではないかという見方のほうが強く感じます。

日本にも、スカートが長すぎたり短すぎるといった制服の問題が昔から世間を悩ませていましたが、ズボン着用というのはさすがに聞いたことがありませんでした。となると、やっぱりやりすぎ感が否めません。

風紀や健全さを重視するのは分かりますが、お洒落に興味を持つ10代後半の女の子にとってそれは苦痛すぎることでしょう。親だって、10代後半の頃はブイブイいわせていた人もいるでしょうから、子どもに対して不憫に感じるでしょうね。

しかし、イギリスでそこまで女子生徒の制服に対して厳しくするというのは、それなりに理由もあるようです。というのも、生徒と教師の駆け落ちや痴情のもつれというのが頻繁に起こって問題になっているというのです。

つまり女子生徒が悩ましい服装をすることで、教師が誘惑されてしまうというのです…… って、これは女子生徒の服装の問題じゃなくて、教師の問題じゃないのかな(笑)。10代後半なんてまだまだ子どもの延長線上。そんな子を教師が相手として間に受けてしまうというのは、教師側に問題があるとしか思えないのですが。

ただ、反対意見はあるものの、今の自由な若者に今一度校則の厳しさを思い出させるためにもこれくらいの校則を設け、守れないものは罰するべきだとの賛成意見もあるようです。これはイギリスのみならず、日本の学校にだって言えます。

反対にしろ、賛成にしろ、どちら言い分も理解はできますが、結局は根本である女子生徒と教師が変わらなければ意味が無い気もしますね。特に教師。大人なんですから(笑)。

常備すべきストッキング

12月 13th, 2012

この間、急にちょっと気を遣う場所に出かけることになって、あわててスーツをとりだしました。
3人の子持ちの母ともなると、スーツといえば、入学式やら卒園式など行事モノのときしか着用しなくなっています。だから、まず「ちゃんと入るかどうか」が不安だったんですが、それはまあどうにかなりました。
でもスカートはちょっときつかったですけどね。

それで、さぁ出かけようと思って引き出しをあさりながら、「うわ、ストッキングないし」ということに。

そうなんですよ。
育児者にはストッキングがないんですよ!
夏場はビルケンと裸足にスニーカーかクロックス、冬場はスニーカーかムートン、ブーツでほとんど用が足ります。たまに学校関係や出かける用事があっても、ぺたんこのバレエシューズなんかだし、はいても靴下タイプのショートストッキングでことがすんでしまいます。

ストッキングじたいがないわけではないんですよ。
引き出しには何足かあるんですが、出すやつ、出すやつ、はいてみるとかならず足の裏とかに伝染してるわけです。
あと親指あたりが薄くなって穴があいてたり、汚れがついていたりして、気の張る相手の、お宅におじゃまする(つまり靴を脱ぐ)という状態ではとてもはけないような代物です。

もちろん、近所のコンビニにも売っていますし、すぐ困ったというわけでもないのですが、いかに普段からストッキングをはいていないか、ということを実感しましたね。

つまり、ストッキングをはいていない=スカートをはいてない、ってことでしょう。あとはワンピースとかね。
スカートも、考ええてみると、スエットとかジーンズ生地のロングスカートで、これはコンバースとかクロックスあわせてるわけですしね。

OLの頃は、よくデパートの1階靴下とかストッキング売り場とかのセールでまとめ買いしていたものです。あの頃は、スーパーでストッキングを買うことさえしなかった。デパートで買うものだと思い込んでいたのですから、まさに独身貴族(死語?)ですねぇ。

そんな私も今となっては、幸せに結婚をして子供にも恵まれた訳ですが。
これもみんな、あの時「パーティーパーティー.com」のサイトを見たおかげです。勇気を出して参加して良かった!
ちょっと柄の入ったストッキングとハイヒールを買いに行ったのを思い出しました。

でも、いざというときのために、やっぱり、きちんとしたお出かけ用として、肌色と黒のストッキングは新しいものを常備しておかなくちゃならないなと思いました。

バイクが盗まれた…

12月 11th, 2012

気持ちが沈んでいる時は仕事を休めたらいいですよね。気持ちが沈んでいると、頭の中ではマイナス的なことばかり考えてしまい、何もかも上手く行く気がしなくなってしまいますから。

実は先週末、バイクの盗難にあってしまったんです。

場所は公共施設の駐輪場で、いつもはハンドルロックは絶対に、時にはチェーンロックとディスクロックもして、厳重な盗難対策をしてからバイクの元を離れていたのですが、その日は何もロックしなかったのです。

用を終えて駐輪場に戻ったら、そこにあるはずのバイクが無いことに気がついたとき、頭は真っ白になってしまいました。

大した額のバイクではないし、損害は正直微々たる物ではあるのですが、でも長年愛着を持って乗り続けてきたバイクですから、損害のレベルは問題じゃありません。思い出を全て奪われたようで最悪だったのです。また、ロックをしなかった自分にも苛立ちが生じて仕方ありませんでした。

盗難被害の連絡を警察にして、ブルーな週末を過ごし、今週もいつものように仕事をする毎日がはじまりましたが、気分は下がりっぱなしです。盗まれたバイクが見つかる可能性は、ほぼありません。それは分かっているのですが、もしかしたらという期待も捨てきれず、それがまた気分をふわつかせてどんどん下げていきました。

「もうどうでもいいな」

無気力ってこういうことなんだと思いました。もうバイクなんかどうでもいいし、仕事でひっしになるのも、どうでもいいやっていう危ない気持ちにまでなりつつありました。

ところが、今日の昼間、携帯電話に警察から電話がありました。なんと、盗まれたバイクが見つかったというのです! 私は飛び上がるほど嬉しく、その日仮病を使って早退してまでバイクを確認しに行ってしまいました(笑)。

発見されたのは、盗まれた公共施設の同じ街ですが、大分離れたところにあるコンビニ脇のあぜ道でした。警察官の人曰く、盗んだのはおそらく近くの悪がきだそうです。出来心で盗んで、そして置き去りにしたようです。窃盗団では無いとのことでした。

捨てた理由は、転んだからだと思われました。バイクの左側面が軽く損傷していたので、免許も無い人が盗んで扱いきれず、転んで気持ちが下がり、置いていったのでしょう。

ともあれ、バイクが見つかって良かったです! 損傷なんか別にいいです。

これで明日から仕事もがんばれます! 今週の落ち込んでいた分も、がんばって取り戻さないといけません(笑)。

大切な記録ノート

12月 10th, 2012

私は物覚えが悪いんで、ノートに仕事関係の記録を毎日記録しています。仕事限定の日記帳みたいなものです。

どんなことを書いているかというと、その日成功したと思えることと、失敗したなということです。

成功したなという内容は、「昨日は飲まないで早く寝たから、今日は午前中から調子が良かった」「お昼を我慢して仕事を進めたから、残業しないですんだ」「仕事の手順を変えたら、効率が良くなった」など、何かしらの成功を大なり小なり書いています。

失敗したなという内容は、「二日酔いできてしまった。お陰で仕事が進まない」「おしゃべりがすぎた」「午後はうとうとしてしまった」「同僚とのチームワークが上手くいかなかった」といった、その日の改善すべき内容を書いています。

記録を書くのは、いつも寝る前です。家で飲む日や飲み会の日は忘れてしまいがちなので、仕事が終わったらすぐ書いています。

そうやって記録をとるようになって、もう5年くらいになります。ノートももう、3冊目に突入しました。飽き性の私としては、5年も続くのは奇跡みたいなもんです。

続いているのは、それなりに得られることがあるからです。その日感じたことというのは、寝ると些細なことだと忘れてしまうものですが、書くという行為で一度思い出して記録すると、頭に細かいことまで残りやすいのです。また、記録として残るので、後々読み返して思い出すこともできます。

普通だったら覚えるほどでもない成功や失敗も、思い出すいし、確認もできるので、二度と同じ過ちを繰り返さないようにしようと、成長することが出来るんです。

また、成功の記録を確認して「あのときの自分、がんばってたじゃん」と、昔の自分に負けてられないなぁという気持ちにもなれます。

もし私が、5年間まったく記録をとっていなかったら、今でも5年前と同じようなくだらない失敗を繰り返して後悔していたことでしょう。それに、成功だって、いつしか忘れて自信を失っていたかもしれません。

毎日ただ、書き綴っているだけで、時にはネタが無くてくだらないことを書いていただけの記録ノートと思っていたのに、気がついたらもう欠かせない大切な私の日課であり、5年分の自分の仕事履歴が残った宝物にもなってます。

厳しい考えが懐かしい

12月 8th, 2012

失敗してばかりの人に言ってやりたいことは「成功した姿が想像できてないんじゃないか?」ってことですね。想像したら、失敗ばかり浮かんでるから失敗するんじゃないかと。

スポーツ選手や格闘技選手なんかで、勝利に貪欲でない人が勝つなんてことはまず無いですよね。勝ったときのことしか考えていないような人じゃないと、一等賞にはなれないもんなんです。

今年の夏のオリンピックを見ていても、女子体操で優勝を逃したロシアの選手が、今にも自殺するんじゃないかというくらい落胆しているのが目にとまりました。あれもまた、勝利した姿しか考えていなかったからこそ、あそこまで落ち込んでしまったのでしょう。

逆に、優勝なんて目指してなくて、決勝まで残れただけでもラッキーみたいな国の選手は、画面に向かってニッコリ笑って手なんか振ってましたよ。どこの国とは言いませんが(笑)。

昔のプロレス映像でアントニオ猪木さんが、「もし負けたら?」とレポーターに質問された時、「負けること考えてる奴いるか! 出てけ!」と怒っていました。そりゃ怒って当然ですよね。レポーターも仕事とはいえ、とんでもないことを聞くもんです。

成功の姿を想像できない人って言うのは、何か目標に向かってがんばれてない人なのかな? とも思います。努力は自信に繋がるもんです。成功に向かって努力が足りないから、自信も当然ありません。なので、成功した自分の姿が想像できないんでしょうね。

また、がんばってる時も、成功することを想像するのは大切です。「やった!」という結果を想像して勉強なりトレーニングをしていると、ぞくぞくっという鳥肌が立つような奮いが生じるんです。それが糧となってがんばれるんです。

今の人には、そんな過程を重視する人って少ないんでしょうかね? 楽して稼ごうという人の姿勢が目立つことからも、それが想像できます。

求人広告を見ても気持ちが悪いですね。楽しくだとか、遊びながらだとか、小遣い稼ぎにだとか。そんな姿勢で仕事やられてそれが当たり前だと思われたら、楽して働くことも当たり前みたいに勘違いしてしまいますよ。

「苦労は買ってでもしろ!」「人に優しく自分に厳しく!」「自分をもっと追い込め!」なんて厳しい言葉があちこちで飛び交ってた時代が、なんだか懐かしいですわ。

病院大好き、健康大好き

12月 6th, 2012

昨日は病院の日でした。点滴を打ってきたんです。最近忙しくて体が弱っていたので、元気をもらってきたというわけです。

私は何かあると、病院に足を運びます。風邪の気配がしたり、内蔵がちょっと傷むと感じたり、節々が痛いと感じたら、すぐに病院で診てもらいます。大抵の場合は、大した異常は無いのですが、万が一ということがありますからね、すぐに診てもらわないと安心できないのです。

薬もよく飲みます。処方箋のある薬です。薬局で手に入るような薬は飲みません。あれ、私には全然効かないので。

最近は耳の薬も飲むようになりました。左耳の神経や血流圧迫されているらしく、耳つまりや耳鳴りがたまに聞こえるのです。神経や血流改善によい薬で、改善を目指しています。先生には、飲まなくても自然に治りますよといわれたんですが、飲んだほうがよい気がするので、飲んでます。

こうしてみると、私はものすごい虚弱体質だと思われてしまいそうですが、体は強い方だと自負しています。大きな病といえば、インフルエンザや水疱瘡くらいしかありませんし、怪我も骨折といった派手な類いは未経験です。ただ、敏感なんです。

敏感なので、体のちょっとした不調がすぐに理解できて、直したくなってしまうのです。だから、病院に行ってしまうんですよね。何事も元気な状態で完璧な行いをしたいものですから、弱ってる自分がいると邪魔なんです。ですから、病院にしょっちゅう行っても、薬や点滴を利用しても、悪いことじゃないと思ってます。

マッサージもよく行きます。毎週のように行ってます。週末に疲れた体をマッサージしてもらうだけで、休みの日の元気が全然違うんです。毎週行っていたらちょっとお金がかかってしまいますが、受けた後の快感を思い出すと、毎週行かずにはいられないんですよね。

「よくもまぁ、体にそんなお金使うよな」なんて、友だちには笑われます。呆れられてるといったほうが正しいかも。

でも、体にこそお金を使うべきだと私は思います。なにしろ、自分の体とは絶対に一生付き合わなくてはいけないのですから。サイボーグ技術が発達して脳内のデータを別の体に転送できるようにでもならない限りはですが(笑)。なので、体こそ、一番お金をかけるべきなんですよ。

知人のイライラ

12月 3rd, 2012

いつもイライラして困るっていう悩みを持っている知り合いがいるんですが、本当にいつもイライラしてます。もうびっくりしますよ(笑)。

歩行者信号が青なのに渡らないで携帯電話を操作してる人を見ると「早く渡れよ」とか、レジで会計をしている人がもたもたしていると「お金くらいすっと出せよ」など。とにかく何か荒を見つけて突っ込むんですよね、彼は。

私は彼の先輩なんでそんなツッコミを耳にしても笑えるのですが、後輩からしたら溜まったもんじゃないでしょうね。迂闊に変な行動するとどやされると思って、ビクビクしているなって感じる後輩が結構いますから。

彼がいつもイライラしてるのは、ストレスなんですよね。仕事に黙々と打ち込むタイプで、いい奴なんですが、ストレスを発散するのが超絶下手糞なんです。

ストレスを発散させてやろうと思い、私も飲み会やカラオケ、旅行に誘ってやったりもするんですが、その先でも細かい何かを見つけてはイライラ。ですから、ストレスが一向に減らないんです。

挙句の果てには「どうすればストレス減るんですかねぇ」なんて真剣に相談を受ける始末です。一応彼自身もイライラの原因がストレスだというのは、理解しているようです。

彼はインドアタイプなので、それがまたストレスを上手く発散できない原因だと私は指摘しました。私の思う一番のストレス発散方法は、外に出て体を動かすことなんです。

理想はジムやプールに通うことなんですが、彼の場合、人がいるところに行くとまたいらぬストレスを溜めてしまう恐れがあるんで、からかい半分で「とにかく夜の外を走り回れ」って言ってやりました(笑)。

でもそれが良かったんでしょうね、最近は仕事が終わると外を走る習慣をつけるようになり、ストレスを減らしていけるようになったそうです。「夜は人が少ないんで、楽しいですわ」なんて言っていました。

たまに、職場から自宅まで走って帰る日もあったりします。家まで約15キロですよ? よほど夜走りが気に入ったのでしょうね(笑)。

ストレスが溜まりやすい人も問題ですが、ストレスを発散しにくい人も大問題。彼の場合その両方でしたから、そのうち病気になるんじゃないかと心配していただけに、改善できたようで本当によかったです。

ただ、走りすぎて体を壊さなきゃいいですけどね(笑)。

ストレスは、はじけさせちゃう

12月 1st, 2012

私がよく人に言われるのは「君ってストレス無さそうだよねぇ」ということ。これは本当によく言われます。

実際その通り、私はストレスが人より無いんだろうなって思います。楽観的というんですかね、それともポジティブ人間。とにかく、悩みが少ないものですから、ストレスも無いんでしょう。

厳密には、ストレスは感じているのかもしれません。仕事でミスをすれば「迷惑かけちゃったなぁ」と反省しますし、かみさんとの約束をすっぽがしたりしたら「悪いことしちゃったなぁ」って思いますから。でも、そうやって感じたストレスを溜め込まずに、すぐに捨てちゃうから、ストレスが無いんだと思います。つまり、ストレスの発散が私は上手なのかもしれませんね。

私のストレス発散は簡単ですよ。もうね、頭の中のスイッチを切り替えるだけですから。ストレスを感じたら「まいっか!」という気持ちにすぐ切り替えてしまうんです。これでもう、心に溜まって膨らんでいたストレスの風船が「パン!」ってはじけてしまうんです。

くよくよして失敗や反省を引きずっていても良いことありませんからね。しょぼんとして元気を無くすよりも、元気を取り戻してミスを挽回しようとがんばらなければと私は思うんです。その性格が幸いして、ストレスも溜めにくいのでしょう。

ただ、切り替えが早すぎて「本当に反省しているのか!」とどやされてしまうことが稀にあります(笑)。

昔はかみさんにそのことでしょっちゅう怒られたものです。デートの約束に遅れたりしても、誕生日を忘れたりしても、私に反省している素振りが無いように思われてしまって、何度も危機が訪れたものです。

でもある時、私が反省しているんじゃなく、反省しているからこそ、それを挽回すべく必死に楽しませよう喜ばせようとしていることに彼女が気がついたとき、あからさまに怒るということはなくなりました。そうなっていなかったら、結婚も無かったでしょう。

私ようなストレスの発散法は特別らしく、真似しようとしても無理なようです。何度か友だちにも私のストレス発散法をアドバイスしたことがありますが「そんなの絶対無理!」って言われてしまいました。

すぐにストレスをはじけさせられることが出来るのって、私の素晴らしい才能なんでしょうね。自画自賛です(笑)。

やっぱバイクですね

11月 30th, 2012

先日、仕事でどうしてもクルマが必要になってしまい、友人のクルマを借りてきました。私はクルマを持っていなかったものですから、借りるしか方法が無かったのです。

半年前までは自分のクルマがあったのですが、売ってしまいました。車検も切れそうで、全然乗っていなかったので「もういいや」となって手放してしまったのです。乗らないのに車検を通して任意保険に加入していても、お金を無駄に使ってしまうだけですからね。

私にはバイクがあれば十分でした。小型スクーターと大型バイクが1台ずつあれば、ことたります。2輪を2台所持していても、クルマ1台よりも維持費も安いですしね。

しかし仕事で「クルマで来て欲しい」なんて言われたら仕方がありませんでした。でなければ、友人からクルマをかりて、都内なんかに出かけたりしませんよ。

クルマで都内に行ったら案の定、悲劇でした。大渋滞。下道も首都高もトロトロ動くだけ。しかも友人のクルマなので、操作に慣れていないこともあり、ストレスのボルテージがグングン上がっていくのが分かりました。

渋滞にはまる横を、自転車や歩行者が追い抜いていくのを見ると「何やってるんだろ、自分」と、馬鹿らしくもなってしまいました。渋滞にはまっている間私は、ずっと死んだ顔をしていました。

さらにはタクシーの無謀運転の数々。お客さんに急いでくれと言われているのかしりませんが、ウインカーも出さずに走行車線に飛び出してくるのは怖いから本当にやめていただきたいです。やめられないなら、タクシー運転手をやめてください。

そんなわけで、たった1日だけクルマを運転しただけなのに、ストレスで頭も体もボロボロになってしまいました。

私はクルマが嫌いという訳ではありません。すいてる道をのんびり流すのが気持ちよいことを知っています。でも、その気持ちよさより、ストレスの方が大きいんですよね、クルマの場合。

今回、久しぶりにクルマに乗って再確認しました。私は4輪よりも2輪の方が好きだと。機動性が高く、手軽なスクーターやバイクのほうが、乗っていて楽しいです。

私にとって乗り物っていうのは、乗っていて楽しいか楽しくないかが一番重要なのです。むすっとした顔で乗っていても、気分は最悪ですからね。ニコニコしながら乗りたいものです。

運転中は常に最悪のケースを

11月 26th, 2012

最悪なケースが頭をつい過ぎってしまうことってあるもので、僕にとってそれは、運転中によくおきます。

運転していて、歩道で子どもが遊んでいたら、急に飛び出してくるんじゃないかとか、ジョギングしている人が急に道路を渡ろうとするんじゃないかとか、気が気じゃありません。

お店の駐車場や路地から飛び出してくる車も怖いですね。停止線があるのに、そこでとまらず合流先の道路の目の前まで一気に出てくるものですから、僕の車に気がついていないのかとドキッとしてしまいます。停止線を守らなかった結果、飛び出さないまでも、歩道を歩いている歩行者や自転車とぶつかってしまうという事故はよくあることです。それが頭に入っていないのでしょうか。あれは危ない行為です。

バイクが後ろにいても怖いものです。私がウインカーを出して右左折しようとしているのに、曲がりたい方向を通って追い抜こうとするんじゃないかと想像してしまったり。

とにかく私は、運転中は最悪な事態を想定して走る癖があります。

でも、運転するに当たって、これくらい考えて想定して、臆病になるくらいが丁度良いのだと私は思っています。気をつけるに越した事はないということです。

私が教習所に通っていた時、お坊さんのお話を聞く機会がありました。確か、運転に挑む姿勢を学ぼうという授業だったかと思います。

そのときにお坊さんは「常に最悪のケースを想定して、一分一秒先は自分が悪者になってしまう可能性があることを忘れないように」といったことを話していました。いかにクルマやバイクが怖い乗り物であるかを、お坊さんは教えてくれたのです。

私は元々心配性な性格であったのも大きいですが、お坊さんのお話を聞いたことも、今の私の運転に対する大きな影響となっています。

失敗を恐れるなという名言はありますが、運転に関しては失敗を恐れるべきです。運転中ほど「もし」という場面を想定する必要がある場面というのはそうそうありません。

ですから、運転中に携帯電話やTVを見るなんて私は恐ろしくて出来ません。新聞や漫画本を読んでる人だっているんですよ。信じられません。そんなことをしている人の気が知れません。そんなクルマの後ろを走っていたら、横につけて注意してやりたいくらいです。

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